私は25年間の人生で32ヶ国旅をしてきました。

世界中を旅している生粋のバックパッカーたちに比べたら、私の旅の経歴なんてまだまだですが、

そもそも海外旅行にあまり行ったことのない同世代に比べたら、まぁ行っている方だと思います。

 

「なんでそんなに旅をしてるの?」と聞かれることがありますが、

それを語るには私の人生を振り返る必要があります。。

 

 

1993年 タイのバンコクで生まれる

父の仕事のために「タイの帰国子女」という自慢話になり難い肩書きを背負います。

「帰国子女なんだ〜」と言うと「おーかっこいい!」とリアクションされることが多いですが、

私は小学校上がる前には日本に引っ越してきたし、タイ語も喋れるわけじゃない。

せっかく帰国子女として生まれたなら、タイ語も英語もペラペラになれるまで海外で生活していたかった…。

 

 

この頃から謎の色気を醸し出している。さすが私。

バンコクでの生活はあまり覚えていないのですが、親の都合で大好きだったお手伝いさんや友達と離れるのがすごく嫌で泣いた記憶があります。

 

「お手伝いさんがいた」と言っても決してお嬢様だった訳ではありません。

海外に(特に東南アジア)駐在する日本人には日本人のコミュニティーが既に出来上がっていて、そこで信頼できる現地の人を紹介してもらいお手伝いさんとして雇うケースが多いようです。

会社によっては、会社が紹介してくれるケースもあるのだとか。

 

そんなこんなで、親の都合で海外から無理やり日本に引っ越すことを余儀なくされた幼い頃の私は、

大人になったら自分の力で海外に行き、世界中に友達を作りたい。

そして、好きな時に世界中の友達と会得るような大人になるんだ、と心に決めたのでした。

 

 

 

超えられない父へのコンプレックス

 

今は性格が丸くなったのですが、私が子供だった頃は厳しくて短気な父親は怖い存在でした。

父から避けるように、優しい祖母の後ろにいつも金魚の糞みたいにくっついて生きていました。

誰から見てもおばあちゃん子だった私。

父はいわゆる優等生。

幼い時から成績優秀、国立大学を出て、外務省へ就職。

父と比べると私はネジが外れたおもちゃと同じくらい出来が悪かった。

成績が悪く、運動も音楽の才能もない。

テストが返される度に「俺の子供なのになんでお前はそんなに頭が悪いんだ」と言われ、

感に苛まれそうになりながらも「いつか父を超えたい」と思っていました。

 

そんな父でも、海外の話をする時はどこかイキイキして見えました。

母と結婚したのは父が30代後半と遅く、それまでは外務省の職員として海外を点々としていたそうです。

怖い父と同じ空間にいなければならない食事の時間が苦痛でしたが、一緒に旅番組を見る時間は好きでした。

インドではこうだった。カナダではあれが楽しかった。スイスでは

色んな国の名前が出てきて、私が知らない父の歴史があった。

 

2012年 法政大学法学部国際政治学科に入学

 

 

世界中に友達を作りたいと言う夢が叶う学生時代

 

入学当初から、

・英語を学びたい

・世界中に友達を作りたい

そんな理由から訪日外国人と日本を旅するイベントに参加。

自身でも運営・企画をするように。
学生時代に30ヶ国・約200名の旅人をアテンド。

 

「私もバックパッカーになりたい!」と憧れるようになった。

 

そして、20歳の誕生日を迎える直前。

生まれ故郷であるバンコクで誕生日を過ごし、私が生まれた病院と住んでいた場所を訪れるために、

19歳の冬に初めて一人旅に出た。

 

 

休学せずに25ヶ国訪れる

 

日本でアテンドした外国人の友達に会いに行く旅

宗教や戦争を感じる旅

 

自分の中で「テーマ」があった。

 

しかし、そのテーマはどれも後付けのようなもので、1番の理由は親から離れることだった。

 

 

語学力が上がる度に、親から解放される気がいた。

飛行機に乗る度に、自立した気がした。

行った国の数が増える度に、父を超えられる気がした。

 

 

 

現在、25歳。

32ヶ国。

 

 

今は、もっと自分のために旅がしたい。.