「なんでそんなに旅をしてるの?」と聞かれることがありますが、それはもう持って生まれた運命。

だと思う。

 

1993年 タイのバンコクで生まれる

外務省の父の仕事のために「タイの帰国子女」という自慢話になり難い肩書きを背負う。

 

 

この頃から謎の色気を醸し出している。さすが私。

小学校に入る前に日本に越したので、あまり覚えていないが、

親の都合で大好きだったお手伝いさんや友達と離れるのは嫌だった。

 

大人になったら自分の力で海外に行き、世界中に友達を作りたい。

 

幼い頃からそう思っていた。

 

 

 

超えられない父へのコンプレックス

 

今は性格が丸くなったが、私が子供だった頃は厳しくて短気で怖い存在。

一人っ子でおばあちゃん子だった私。

小学生の時はいつも祖母の後ろにいて、厳しい父にビクビクしながら生きていた。

父はいわゆる優等生。

幼い時から成績優秀、国立大学を出て、外務省へ就職。

父と比べると私はネジが外れたおもちゃと同じくらい出来が悪かった。

成績が悪く、運動も音楽の才能もない。

 

 

テストが返される度に「俺の子供なのになんでお前はそんなに頭が悪いんだ」と言われ、

劣等感に苛まれそうになりながらも「いつか父を超えたい」

そう思っていました。

 

そんな父でも、海外の話をする時はイキイキしていた。

怖い父と同じ空間にいなければならない食事の時間が苦痛でしたが、一緒に旅番組を見る時間は好きでした。

インドではこうだった。カナダではあれが楽しかった。スイスでは

色んな国の名前が出てきて、私が知らない父の歴史があった。

 

2012年 法政大学法学部国際政治学科に入学

入学当初から、

・英語を学びたい

・世界中に友達を作りたい

そんな理由から訪日外国人と日本を旅するイベントに参加。

自身でも運営・企画をするように。
学生時代に30ヶ国・約200名の旅人をアテンド。

 

「私もバックパッカーになりたい!」と憧れるようになった。

 

そして、20歳の誕生日を迎える直前。

生まれ故郷であるバンコクで誕生日を過ごし、私が生まれた病院と住んでいた場所を訪れるために、

19歳の冬に初めて一人旅に出た。

 

 

その後も学校の長期休暇を利用し、25ヶ国訪れる。

 

日本でアテンドした外国人の友達に会いに行く旅

宗教や戦争を感じる旅

 

自分の中で「テーマ」があった。

 

しかし、そのテーマはどれも後付けのようなもので、1番の理由は親から離れることだった。

 

 

語学力が上がる度に、親から解放される気がいた。

飛行機に乗る度に、自立した気がした。

行った国の数が増える度に、父を超えられる気がした。

 

 

 

現在、25歳。

32ヶ国。

 

 

今は、もっと自分のために旅がしたい。